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3月11日以降この震災で私の心をすっかり占領してしまったことは、 たくさんの命があっという間に取り去られてしまい、亡くなってしまった人、残された人の苦しみを 思う事でいっぱいでした。テレビに放映される画面を見て胸がかきむしられる苦しみ、涙 涙の日々でした。 親戚、知り合いの方で、当日なくなられた方は誰もいませんでしたし、3月のあの悲惨な現場に立ってこの目で見ることもせず映像のみでしたが地元の人たちの気持ちを思うとあまりにも悲惨な状態に言葉もありませんでした。 4月に入ってから、今住んでいる地域の放射性物質の線量が計ったところあまりにも高く、又身内(娘や孫たち)友人の体の変調を目の前にしてからは、もう被災された方遺族の方々の苦しみまで思いが届かなく自分のことだけで精一杯いでした。 住んでいる市県の土地が一日も早く復興へと、思いは馳せるばかり、不安と心配の毎日の中、 誘われて南相馬の北泉海岸で鎮魂の祈りに参加することが出来てから、 ようやく一歩前進することができるようになりました。 亡くなった方、残された方、避難された方へのおもいに寄り添うことも出来るようになりました。 がしかし依然として、ここは放射能汚染不安生活のなかで進行形の状態です。 そんな毎日の生活の中で、鎮魂花火開催の記述に出会いました。 ここスコップ団の花火大会「天国にぶっ放せ」開催を知ることができました。 ![]() 仙台で3月10日 あの日まで幸せだった日を記念として、天国の人に気持ちを届けるお供えとしての花火打ち上げです。花火とは打ち上げた物をみるだけでなく神仏お供えの意味もあることを知りました。 当日は雨・雪は降っても天国に届くように打ち上げるそうです。 たくさんの費用がかかって無駄なのではという思いが、会見のメッセージを聞いて理解することができました。 すこしの協力で鎮魂の祈りになることは、遠くにいて何かできることはないか、との思いに添えることが出来そうです。
放射能の時代を前向きに生きる 日時:2012年1月28日(土)午後2時~4時 場所:京都ノートルダム女子大学 ユニソン会館 社会学習センター 講師:守田敏也氏 同志社大学社会的共通資本研究センターを客員フェローを経て、現在 フリーライターとして、原子力政策についても独自の研究を続けてい る。震災後のデータ収集と鋭い分析力により、各地で講演活動中。 主催:ノートルダム教育修道女会 シャローム委員会 「カトリック正義と平和京都協議会」6月に京都三条教会での講演会がありました。 守田敏也氏はこんな方です。 渡利や御山の線量の高い町をくまなく調査され、色々と働きかけられておられる方です。 「明日に向かって」ブログで色々その活躍を知ることができました。 吾妻山連邦の山々は限りなく美しかった←福島にも 何度かいらっしゃっておられます。 ![]()
一番のまとめ役だった久子さん なくなってもう6年も過ぎてしまいました。 どうですか? 描いてますか?と天国からメールが届き、落ち込みがちなメンバーに活を入れられました。 ![]() ![]()
心のあたたかさをテーマにした福島市民の詩・俳句・短歌の素敵な本が手元に届きました。 挿絵のイラストレータのたかはしりょうこさんの絵がなんとも言われないほどあったかいやさしい。 この本を引き立てております。 なかみも、この震災を詠った作品が多く、涙なしには読めないほどこころ打つものでした。 ![]() 福島に住んでいる人の気持ちがいっぱい詰まっておりました。そんな思いを多くの方たちに読んでほしい一冊です。Sさんありがとうございました。 株式会社アポロガスさんより出版 編集・発行:株式会社アポロガス 元気エネルギー供給事業部 制作・印刷:株式会社民報印刷 この本の益金はすべて「アポロしあわせ基金」を通じて、 ふくしまの子どもたちの笑顔につながる活動に役立てるそうです。
私がふくしまに暮らすということ . Facebookで吉田さんの気持ちに出会い、共鳴しました。 ↑福島の人はきっとこのような気持ちの人が多いと思います。 (気持ちがあっても発表の方法がわからないだけ・・・・・私は詩心がないので。) できるだけ多くの人に読んでほしいと思い紹介させていただきました。
病院のレントゲン室に使用されている特殊なカーテン 放射線対策カーテンの見積もりをとってみました。 「ファブリシールド」3枚重ねてやっと50%の遮蔽率。 一番小さな部屋の窓でも30,800円也。数枚買って、カーテンレールの補強工事も含み 東側と南側に取り付けるとなると そしてとびっき重い布・・・・料金も重い?。 50%の遮断でも、カーテンを取り替えるべきかと悩んでおります。 思いもかけず、転んでしまい2度目の通院 今日も膝から水を抜かれました。 第一回目の時は中で出血してましたので抜かれる痛さを、歩けない不自由を感じ こうしてだんだん老いが間違いなく進行しているのだと実感しました。 こんな訳で、庭の土の除去、体力も、置く場所もなく、これから雑草の始末も出来ず、 屋根の瓦は壊れなかったが、洗うだけでは効果なく、取替える事しか方法がなく 解決の道が見えず、荒れ放題になる事間違いなし、希望のない前途を何とかせねばと、 気持ちの上では復興と力んでも、今のところはとどまるばかり、何にも見えてこないのです。 放射物質なんて、そんなに心配ないのだからという声も聞こえてきます。 大丈夫 大丈夫 という声の方へ今日は耳を傾けて、のんびりゆっくり、昔懐かしの映画DVDを借りてきて 昼ねをして、すこし料理もして一日を過しました。 ![]()
いまで心を寄せてきた阪神淡大震災が今年は今までになく強烈に振り返ることができました。 あれから17年過ぎてしまったのにいまだに人間復興は遅れているそうです。 外形はすっかり復興が終わり以前より街々は、整頓され経済産業が一番の復興となり 人間復興は後回し、取り残された現在、高齢化している人たちの現状はまだまだだそうです。 目に見える復興は徐々に進んでいるようですが心の復興はどうなのでしょうか。 岩手 宮城 の復興に目を見張るものもありますが、心の復興が一日も早くスタートできることを願いつつ これからも仮設住宅のかたがたとの交流に力を注ぎたいと思ってます。 東日本大震災においても、経済産業復興が先走りするのではなく、第一に人間復興をと叫び続け弱いながらも声を張り上げねばと、1・17を迎えて思いました。 1・17 3・11 けして忘れることなく後世に伝えていくことが(戦争体験者としても)語りつなげることが使命だと胆に命じております。
福島市の渡利は市の中心地から車で5分もかからないところ 弁天山のふもと県庁のすぐそばにあります なぜ避難勧奨地点にならないのか←ここをのぞいてください。(柵の中で育てられている子供あまりにもいたわしい、人間としての権利はどこに?) 私の住んでいる信夫山のふもとまで、渡利から10分と離れていません。 山のてっぺんからの放射能が散布され、御山地区も高い線量が見られ、 渡利が避難勧奨されれば、当然範囲が広まるので、渡利を認めたくないのかと、 県庁 市役所近辺も高い数値が見られているのに、市・県議員さんたちの説明には理解できずにおります。国からの指令がないからとかいろいろ言い訳をいっぱい聞きました。 南相馬の2,00マイクロシーベルト以上もあるのにもかかわらず、福島市はどうしても認めたくないのです。 渡利の住民 私の知っている限りの年配者にききました。 残念なことに、ここから動きたくないので、静かにしていると。 情けない事と思いつつ、突っ込んで聞きて見ると、心の中は不安でいっぱい、子供たちは今すぐ出してやりたい、残すところあとわずかの人生だからと老人のあきらめムードに言葉が続きませんでした。
2012年1月14日15日 「脱原発世界会議 」が開催されております。もう少し若かったら参加できたのにと思いながら、毎日なかなか希望が見えないこれからの福島を案じながらこの会議を見つめて考えております。 会議の目標は次の二つのことをめざします。 第一に、世界の人々が日本に集まりフクシマの現実に学ぶと同時に、全世界の核被害者すなわちグローバル・ヒバクシャの声を集め、互いの経験に学びあう場を作ります。そして核の連鎖が人間と環境にもたらしている脅威を明らかにし、原子力からの脱却を世界に発信します。 第二に、世界の叡智を結集させ、原子力に頼らない社会をつくることが現実的に可能であることを明らかにします。既存の原子力から安全に撤退する道筋を描きつつ、自然エネルギーを基幹とする政策を提示します。日本をはじめ世界各国が採用できる脱原発への行動計画を作り、提言します。 被爆者である福島県民は率先してこの会議に参加し、声を上げなければいけないと思ってます。 先日カトリック鎌倉雪の下教会山口道孝神父来福の折お誘いを受け身近な人も参加をなされたようなので後日生の声を聞きながら、この会議の本髄をまわりの人たちに発信せねばと、小さなコミニティからも話し合い、 負の遺産を子孫に残してしまった責任を担い、これからの未来に少しでも希望を見出したいと思ってます。
3・11以来、生活・価値観などががらりと変わってしまいました。 がんじがらめ放射能に取り付かれてしまった非日常を、これから何年も送らねばならなくなってしまいました。 地震・津波・放射能・風評被害の苦難の連日。人と会えばいつも放射能の話が主になってしまいました。 避難か、除染かで悩み揺れ動く日々。 国に対する信頼もくずれてしまい物的、心的への影響、日がたつにしたがってストレスが多くなってきました。 むなしく、情けなく、悔しく、やるせない思いでいるのは私だけではないと思います。 情報がなかなか届かず、東電や国の官僚たちの隠蔽に振り回され、かたや県の行政の対応に何度も憤慨、泣きながら沢山の本を読んだり、情報を集めたり、話し合いの集まりに参加したり、ネットなどで必死に学びました。 コミュニテイの中でも本当のことは言えず仲間割れや気まずい思いも沢山味わいました。 ここ福島で生まれ育った私はかけがいのない所、豊かな自然に育まれ人情厚いすばらしい所で、命の源です。当然、私のまわりの年配者はここに骨を埋めるつもりでおります。 命をまっとうしていい人生だったと最後を迎えるためにはどうしたらいいのでしょうか。 何が正しいのか、何が間違っているのか見極めるのは、これから何年、何十年もかかることでしょう。 どうしょうもない降りかかってしまった放射能との付き合いを、くよくよせずいろいろな知恵を集めて対決していく事しか、道はありません。 日本、世界の大きな問題に立ち向かい今の大人である私たちは子孫に何を残していけばいいのか、ひとりひとり本気で考えなければいけないことだと思います。 権力たちが核を持ちたいという夢の根底には欲望の魂、本心を暴けば権力欲・金銭欲・名誉欲の何者でもありません。原発は人類の平和の為という、うたい文句に操られ県民は悲惨な体験をさせられてしまったのです。 それらを許してしまった私たちも大きな責任があったことを忘れてはいけないと思ってます。 その償いとして 二度とこの大悲劇を起こすことのない様に、原発の廃棄を、脱原発を、経済よりもまずは命の尊さ、幸せの根本的な価値観を子に教えることではないでしょうか。 子孫に言い伝えなければならない本当の平和について、私たちシニアは大きな使命感をもってこれからの残り少ない余生を福島の為に地にしっかりと踏ん張って、黙るのではなく気持ちを、声を、大にして発信しながら生きていかねばならないと思ってます。 今も寒い東京、経産省の前で「脱・原発」を訴え座り込みをしているシニア達と心を合わせて・・・・。
二十歳の記念日 いつもとは違った厳しい決意を持ってこの日を迎えたのではないでしょうか。 娘の成人式の着物を孫が喜んで着てくれました。 物を大事に思ってくれたことにうれしく思いながら、今日成人式を迎えた子らに 一日も早く希望を持てる世の中にしてやりたいと 願わずにはいられませんでした。 ![]() 野田総理が今日福島で、18歳の子供たちの医療費免除と話されておりましたが、 避難した子供たちにも当然保障することを願いますがどうなることでしょう。
宮代仮設住宅で新年のお祝いの集いをしてきました。 集会場には、慣れ親しんだ顔見知りの方がたが三々五々集まってくださり 関東のボランテイアの方がたがは、お節を作って持ってきてくださいました。 ふれあいお茶の会の一服のお抹茶で、会話も弾み カリタスジャパン・松原・田園調布・鎌倉雪の下の教会の方々の手料理に お正月らしい笑みが集会場いっぱいあふれ、 男性のボケグループが作ってくださった豚汁もおいしく皆さんお代わり、また参加できなかった方へは お鍋を持ってきていただき、大きなお鍋が見事に空になり、作った方も喜んでおられました。 その後にお正月の遊び カルタ取りや福笑いなど、最後には全員でコーラス みな一つになっての楽しい時間でした。 最後になって浪江の方が心の苦しみを吐き出され いま 生まれ育ったいとしい故郷引き上げか、 除染か、 と大きな決断の時に来て悩み苦しんでおられました。 傾聴ボランティアでの参加でしたが、放射能まみれの福島に、このまま住んでいいのかで悩んでいる私が 関東の方々に福島市の状況を聞いていただき、傾聴されての一日でした。 ![]() ![]() ![]() 帰宅後 ボランティアと称して、たんなる自分の楽しみではないかとの自問に駆られました。 (ご馳走になってしまって、放射能の危険不安に憂鬱になっている私は被災民だからいいのかな?) 関東方面からいらっしゃった方も、何の労働もなく、ワイワイ騒ぎ、楽しい奉仕なんて おかしいと感じた方もおられたので。 また 当事者の浪江の方、暗い顔をしていたら失礼だから、無理して気持ちを抑えてた。 あまり危険を感じていない関東方面の方々に、フクシマ県民の苦しみを知ってもらおうと、 顔赤くして、力んでしまった私はもっと感謝せねばいけなかったのでしょう。
お正月3ヶ日間 「あけまして おめでとう」といって 5歳の孫がやってきました。 そう言えばお年玉をもらえるのかもと思ったのか。 沈みがちな最近、思う存分笑ったお正月でした。 この3日間 福島は4号機の危険な状態からの放出なのか放射線は異様に高くなったというのに。 こんなふざけたまねなどして笑うなんて不謹慎なこと。 もし再曝発ともなれば、 呑むよう素剤は? どこに逃げるか?逃げるルートは? ガソリンは満タンか?飲み水は? 各自どこにいても連絡方法は? とっさの荷物は? 逃げることばかりの話 そんな中での息抜き遊びでした。 ![]()
1月1日 3家族全員集合 次は3月の春休みに。 ![]() 食事のあとはビンゴ プレゼント交換して、最後はじゃんけんで、うすのろ叩きで 久しぶりに大笑いの夜でした。 3日には 泣かないで、避難地へ帰っていきました。 ![]()
昨年はたくさんの方に支えられました。 ありがとうございました。 ![]()
幼稚園が休みになったので、すこしだけ帰ってきました。 Kちゃん家でお夕飯をご馳走になって、しばしの間ほんわか暖かいひとときでした。 夕飯の用意が出来るまで、お勉強?平和な時?当たり前の日々が一日も早く来ますように。 ![]()
源発擁護派と脱源発の意見を聞いたり ネットで数多くの情報を集めたり、実際に起こっている現状を見て思うことは、やっぱりわずかな放射能物質でも怖いと思っています。 今日身近な人との立ち話で放射能は大丈夫 稲センセイは(テレビにはおでにならないので、知らない人が多いようです) 間違っていないと聞き、(放射線をどうやって防ぐかでなく、放射線そのものが危険かどうかを見直すべきだという発想の180度転換)に中々受け入れられずにおります。 昨夜のテレビ討論会をみて(ガチ バトル) 高田 澤田 大槻諸先生方の意見もしっかり聞きましたが、どうしても納得がいきまっせん。 放射能物質(内部被曝 低せん被曝)は安全という。 もしそれが正解だったらどんなにラッキーでしょう。 そうあってほしいと思いますが、5年先 10年先のことを 考えておられる先生方 25年 60年後の実情はやはり恐ろしいです。 脱源発か擁護かの問題の前に澤田先生の意見に多くの反対の言葉を聞き本人はたじたじ 誰が聞いても放射能の危険 冷静に話し合いを聞いて、反対派に多くの票はあがったのではないでしょうか。 今回の放射能放出は大丈夫と思う人は平気でストップされたお米を食べることでしょう。 しのぶ山のゆずや干し柿も平気で食べますか。 どんどん汚染された野菜 果物 おコメを生産されるのでしょうか。(放射能怖い組は、とっても恐ろしいと思う) ぜひ 大丈夫であってほしいので、ご意見を伺いたいと、せつに願っております。立ち話でなく、詳しくご意見聞かせて下さい。 安心したい!! 人のために、コメントで教えてください。 阿修羅の稲博士のことが討論されており、ご覧になってください。 立ち話の君へ。↑ 年も押し迫り例年はお正月の準備 御節料理や、お掃除 1年の振り返りで忙しい日々なのに、 今年はまだ年賀状も書かず、これからの生活生き方に頭がいっぱいの現実 すっかり変わってしまった私ですが、これでいいのだと、よくよく考えて、 ここ福島に充実した生き方を、 気持ちを整理して新しい年を迎えます。
今夜28日の夜は KFB・・・報道ステーションスペシャル TUF・・・ビートタケシのガチバトル 福島中央テレビ・・・石田さんの大家族 3つ同時に放映されていましたが 私はガチバトルを録画し スペシャルのほうを見ました。 SPEEDIなぜ隠蔽?されたのか。 11日からの16日までの様子を細かく検証されているのを振り返って再び 怒りが燃え上がり、年がいもなくテレビに向かってわめきました。 15日は小雨の中 一人住まいの人に果物と野菜を買って訪問しておりました。 5軒を回っていれば結構な時間を費やしてました。 防寒着を着て帽子をかぶりマスクはしませんでした。 夕方帰宅したところ同居人から“爆発しているのにどこを歩いていたか”とえらい怒りの言葉をあび ことの重大さに驚いた日でした。 中学生の孫は連日寒い中12日~14日までスーパーに並んだり、水汲みで外に出っ放し15日は幸いなことに風邪で熱を出して一日寝ていました。 5歳の孫はその日 どうしていたかは怖くて聞けません。 その母親は南相馬から避難してきた親たちの家族親戚のために、これからまた西に逃げる人のために自分のガソリンを、入れ替えに雨の中車屋へ歩いての外出でした。 12日以降白い防具服の調査員浪江に現れる。その中の一人に早く逃げろ 菅野さんの話 防具服の男 津島の4日間。 浪江の避難所にかかわっているものとして、もっと詳しく生の声を受け取るべきと 今日の放映を見てました。 11時からはNHKでは遅ればせながら低線被爆について アメリカの年配たちの体の不調を訴えている映像 低線被爆は資料がないのでわからないと日本。 とんでもない アメリカは広島 長崎の資料をあの時すっかり持ち去ったのでしょうに。 一日も早くそれらを日本のために役にたててほしいものです。
家族がそろっての夕飯 boheさんの誕生日とあっておいしいイタリア料理 みんなのお口に合って大好評でした。 円筒型の大型パスタ 中に色々詰め込んでクリームソースで焼くカネロニ また作ってください。 ご馳走様でした。 ![]() ![]() ![]() ![]() プレゼントも気にいったようです。 家族のためにいつもおいしい食事ありがとう。 ![]()
教会の婦人会で、手作り教室がありました。 家の中で寒いとき、大きなマフラーでは?と思うとき最適な物です。 多きめのストローにゴムを入れて、その上をぐるぐる回すだけで出来上がりです。 不器用でも簡単に作れるとの事で、たくさんの参加があり、ちょっとの間に出来てしまい、 帰りはそれぞれ首に巻いてのお帰りでした。 今年いっぱいで、息子さんの所に、ここ福島を引き上げてしまわれる、Sさんご夫妻 手芸部のリーダーSさんの最後のご指導でした。 何かと教会のために活躍された方なので、別れもきわめて寂しく辛いものですが こうしてこれから、何人かの切ない別れがあることは、避けられないとと覚悟しました。 つらい年末です。 ![]() ![]() 帽子 ベスト みな手作りを愛用しております。 プレゼントに最適だと思います。
基準値超えのコメが伊達の掛田地区から、検出されたそうです。 米袋全て計ったわけではなく、田んぼも一箇所のみはかり、大丈夫だから作れといわれてそれに従った農家の人のこと考えると、辛くて言葉もありません。 生産者の気持ちは情けなさ無念さで煮っくりかえっていることだと思います。何でもない田の米も全て福島・伊達と言われれば、ストップです。 また消費者側から見てば、全て検査済みでなければ、口には入れたくないのです。 作ってしまったおコメの行く先は大丈夫なのでしょうか。 聞くところによりますと、外食産業や加工品の方に流れるのではと。 岩手県のあるマンモススーパーでは、ほうれん草 もやし 福島産のものが店先に山のように積まれ その脇には 「買うも買わぬも本人しだい」 とかかれており、一束5円で、飛ぶように売れていたと一報ありました。 笹谷 大笹谷 すぐ近所では毎年のごとく真っ赤なおいしそうに実った鈴なりの林檎の風景で福島一番おいしい林檎豊作でした。市民放射能測定所の発表 市民放射能測定所発表では、セシウムりんごになってしまいました。 方々に送っていたのが、 今では 青森や南陽市からたくさん送られてきて、毎日思う存分食べております我が家ですが、なんとも切ない福島の現実です。 ![]() ![]() 肉 魚は Yちゃんのお祖父さんおばあさん、孫に食べさせたく送ってくださいました。 皆さんに支えられ、私たち福島に住むものとして、頑張らねばと思っております。
私の所属している教会のクリスマスの準備は1週間前に行います。 お御堂の大きなツリーと、外の樹木と馬小屋は男性 室内のテーブルとツリーとリース5ヶは女性がやります。 なまの枝葉は今年はすこしだけ。 当日はどんなご馳走が並ぶのでしょうか。 今朝 初雪 昨年と同じ日に。サンタさんが私の庭にもやってきました。 ![]() ![]()
福島第一原発のような原子力事故を二度と発生させてはならないが、人間のやることに「100%」はありえない。原発再稼働に際しては、福島のような事故が発生し得るとの前提の下で進める。 事故が起きてはまずいが、もし事故が起きた場合でも、周辺の住民の方が安心して暮らしてゆけるように、損害賠償のあり方について、心配のないような体制を整備しておくことが重要で、そのために支援機構などを発足させ、従来の原賠法を抜本的に見直すこととした。 (ここまでが枝野氏答弁) 馬鹿な寝言のようなたわごと、地元を除染もできていないのに、以前海江田氏も同じ様なこと言っていました。 超 超 腹が立つ。のです。 政府は16日、「冷温停止状態」が実現し、事故収束に向けた工程表「ステップ2」が完了したと。野田首相は「冷温停止状態に達し、事故収束に至ったと判断した」と述べました。 政府は同原発から半径20キロ圏内の警戒区域と、年間放射線量が20ミリシーベルトを超える計画的避難区域を新たに3区域に再編する検討に入った。近い将来の帰宅が可能な「解除準備区域」(年間放射線量20ミリシーベルト未満)、数年間居住が難しい「居住制限区域」(20ミリシーベルト以上~50ミリシーベルト未満)、数十年間帰宅できない可能性がある「帰還困難区域」(50ミリシーベルト以上)とする方向で調整している。と発表したが、国民は、疑心暗鬼 誰も信じてはいないようです。 50ミリシーベルト以上の人は、もう住めないと大体の方は思っているとテレビのニュースは報じておりました。 政府は、どうして本当のこと言わないのでしょうか。 福島市の大きな建物を自費で(何千万もかかったそうです) 結果は大して変わらなかったそうです。 除染していくらも変わらなかったら、それでも高いお金をかけて除染すべきなのか、野田さんお答え下さい。 ![]()
吠えているうちは元気な証拠と思ってましたが・・ このごろ、少しずつ考えるようになりました。 “くよくよしている人に 病が取り付く。いつもにこにこ笑っている人は、病気にならないよ” (いつも喜んでいなさい という意味ではない) まわりの人からよく言われた言葉でした。 想像もつかないほどの世界的な大事件に遭遇してのストレスーーー 抱えてしまいました。 この日は、古くから「喜びの主日」といわれ 3本目のろうそくにはピンクのリボンが結ばれて火が灯りました。 福音のパウロの手紙は、 いつも喜んでいなさい 絶えず祈りなさい どんなことにも感謝しなさい また イザヤの予言をよんで 自分の無力感、自分の弱さを十分知れば知るほど、 それを支えるために近づいてくる神の姿が、 私たちにとってより大きな喜びとなる との気付きでした。 医者の存在を真実に喜べる者は病人であるように、 神の訪れを心から喜べるものは、自分の貧しさ、無力を知る人ですよ と。 3・11以来 放射線にとらわれていた私 そこから自由になるには、 信じている主によりたのむことによって解放される。 心配事がなくなるわけではないが、 非日常生活においても感謝することはたくさんあったのに と。 連日いかりまくっている私に、娘が突き出した一冊の本 思わず苦笑いしてしまいました。 ![]() はい はい 分かりました。 そのうち ゆっくり読ませていただきます。 でも 正義のためには、そして子供 孫 の為には、まだ まだ戦い吠えつづけるつもりでおりますから。 先日 悩み落ち込んでいる私を、支えてくださっておられるjunkoさんから送っていただいた本 「第五の山」 何度も味わって読みました。 「出来事」は全ての人に降りかかる。 兆しを見つめるのか、見ない振りをするのか。 諦めてしまうか、乗り越えるのか。(旧約聖書から) 人生に起る不可避なこと、つまりわたしたちに何かを学ばせるために起る避けられない出来事 再建の物語として読ませていただき、もりもり力をいただきました。 ![]()
カリタス・ジャパンのCTVC、カトリック碑文谷教会、鎌倉雪の下教会の方ご一同は前日、飯館を通って相馬の現地と原町教会訪問をなさって福島に一泊なされ、次の日に仮設住宅にて、私たちのグループと合流し 一足早いクリスマスの集いを致してきました。 たびたび訪問させていただいたおかげで、施設の方ともすっかり顔見知りとなり、 和気あいあい、楽しいひと時を共にしました。 ここ宮代の家は浪江からばらばらに避難された方々なので、はじめは知らない人たちでしたが、今はすっかりなれ、かけがえのない家族のような関係になりましたと、笑顔で話してくれました。 おいしいものを、東京の方が沢山作ってくださり、ボランティアの私たちも 連日気にしている放射線の思いからしばし離れてのひと時に、元気をいただいてきました。 終了後の話し合いで、ボランティアをして自己満足に終わってはいけない、これからも長くつながっていたいと分かち合い、再会を願って、3台の車を連ね、夕方お帰りになられました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 相馬の民謡を、年配の方が元気いっぱいうたわれ、また子供の聖劇を見たり、手品などで被災者の高笑いの喜びの声をきき、皆さんとても感動しました。 12月の澄んだ青空、天気に恵まれ これからの活動にも力をたくさんいただいた日となりました。 ボランティアの仕事とし、辛い仕事もたくさんあり、まだまだ力仕事が必要とされている中なのですが 自分で出来る範囲内での付き合いで、週に1度はこれからも参加したいと願ってます。 ![]() 手前は、ブルーのシートをかぶって。真ん中はまもなく完成家屋。右端はまだ屋根に石も上がってます ↑ あれから9ヶ月も過ぎようとしているのに、市内の地震で壊れた瓦屋根 いまだにほどんと修理されていない状態の中、結構あっちこっちで新築の家が建ちはじめております。 信夫山のふもとは、線量も高く 2,5はありますのに、木造家屋が建つのって大丈夫なのでしょうか。 考え方の多様性に、なかなかついていけません。
放射能汚染への対応、徹底した放射線防護政策の現実は? 警戒地区の除染が自衛隊によってはじめられました。 いくら除染しても無駄であると 福島大学行政政策学類准教授荒木田さんが、 除染するほど、「住めない」と思う 政府は「除染をすれば住めるようになる」と宣伝していますが、それは 実際に除染活動をしたことのない人の、机上の空論です。 結局、福島の実情は、突き詰めると、元気の出ない、先の見えない話に なってしまいます。でもそれが現実です。人々は絶望の中で、今この瞬間 も被曝し続けながら暮らしています。こうして見殺しにされ、忘れられ ようとしているわが町・福島の姿を伝えたいのです。そうすれば、まだ この歴史を変えられるかもしれない。今ならまだ・・・・・。と結んでおられます。 明日に向かってのブログをじっくり読ませていただき 内部被爆の実態・・・・肥田舜太郎先生の本を繰り返し読んで 汚された土地で生活しつつ 除染のむなしさを考えると、 人が住んでいる中通りを、一番先に除染して、それから、浜通りへと実践すべきではないかと思ってます。 見放されてしまった我が庭にも、けなげに咲いてくれました。 ![]()
細野大臣が自身たっぷりに年内のうちにとか、第1ステップが 今月中には第2ステップ、とか、収束に持っていく予定とが、(枝野経済産業大臣 国会中継で事故の収束に、お金は誰が出すかで責任のなすりあい) いかにも希望ある言葉を発表しているが、本当ですか?。 国民に本当のことを伝えなかった今回の出来事。これからもですか?。 原子力建屋の中にたまった高濃度の放射能汚染を 「滞留水」という。 事故が収束に向かっていると強調したい政府の常套句(じょうとうく)であるが、圧力容器から格納容器に溶け落ちた核燃料の状態が十分把握できていないのに、その言葉を平然と口に出せる感覚を疑うと 東京新聞で読みました。 何でも鵜呑みにしてしまう年配の私たちは、それを正すこともできず、すっかりお国のことを信じきっている弱者です。 もう、国民をだますことは、いい加減にしてください。 庭は、手入れもせず、ほったらかしにしているのに、コンペイトウのような、かわいい ヒメツルソバが今年も足元に咲き、小さいながら、時が来ると忘れずに、人をほっとさせてくれます。 ![]()
福島の政策に対抗できる力 一般の市民の力はどこに? 福島人はおとなしい過ぎると他県の方の意見ですが どうなのでしょうか。 一人一人 悔しい、辛い、思いをだいており、もう疲れきっているのではないでしょうか。 除染にしても、避難にしても、9ヶ月も背負っての生活、愚痴を言わないようにしましょう。起きてしまった出来事から避けては通れない状態、だからと自分に言って聞かせながらも、うつになった人は数え切れなく、日常が逆転 そんな中、またもや考えさせられることが 発表になりました。避難した人、残っていた人への保障問題。代表となって交渉してくださった方の大きなお骨折り、なのに保障金額に喜んでいる人はいません。まして保障の範囲外の人、農家の方、その他の職業、東電から手切れ金を渡され、あとは知らない、関係ないと言われること確実、こんなめめっちい金額で、だまされはしないよ!!の声が聞こえてきます。住み慣れた土地の汚染、全てきれいにしてくれれば、誰だって帰ってきます。 福島は命の次に大好きな所ですもの。 保障するなら、住んでいる土地、家屋を全て買い取ってほしいです。こればかりのはした金で、黙りたくはありません。 福島県民はあまりにも可哀相 武田先生がこのように記載されておりました。
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